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 愛好会通信 

徳間ドッジボール愛好会

 インフィニティキッズ、卒業おめでとう! 

 

20日(水祝)、愛好会恒例の「6年生を送る会」が開催され、インフィニティキッズが卒業しました。

これまで計画を立て準備を整え、当日の運営にも多大なるご支援ご協力をいただいた保護者の皆様に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 

【愛好会代表の言葉】

本日の「6年生を送る会」は、ドッジボールの卒業式でもあります。

インフィニティキッズの9名の皆さん、卒業おめでとう!

そして、保護者の皆様、お子さんのドッジボール生活からのご卒業に際しまして、心より祝福の言葉をお贈りいたします。おめでとうございます!

 

インフィニティキッズの皆さんはいずれも低学年からドッジボールをはじめました。1年生からやっている人は4人、2年生から始めた人は3人、3年生から始めたのは1人です。

合計9人のインフィニティキッズがこれまで徳間ドッジボール愛好会の活動を先輩から引き継ぎ、大きな成果と足跡を残し・・・こうして後輩にしっかりと受け渡してくれたことに対して、改めて感謝したいと思います。

ありがとう!

皆さん、インフィニティキッズに大きな拍手を送りましょう!

ところで、私は徳間ドッジボール愛好会の代表として、少し時間をいただいてお話をしたいことがあります。

 

缶コーヒーのテレビコマーシャル・・・

「ぼくが100万円当選したら、誰かが外れて・・・悲しむことになる。その人に申し訳ない。」

君がもし100万円当たったら、当選しなかった人に対して、「君が外れてくれたおかげで僕が当選できた・・・、ありがとう!」と言えるだろうか?

 

「ありがとう」とは、「有る(ある)」ことが「難い(かたい)」・・、つまり、自分がこの世に生きて存在することは、誰かに迷惑をかけていることになる。もっと言えば、誰かを犠牲にして自分はこの地球に生活している。そういう矛盾した生物界のありようを表現しているように思えてなりません。

 

ドッジボールの試合で自分たちが優勝すると他のチームは優勝できない。つまり、他のチームを犠牲にしてその上に立つことが「優勝」ということです。優勝の喜びは他のチームの悲しみや悔しさの上に成り立っている。

では、他のチームがいなかったらどうなる? 1チームだけでは試合ができない。勝つこともできない。他のチームが負けることで自分たちが勝つことができるのです。

言いかえれば「優勝」という目標だって、誰かに迷惑をかけて、誰かを犠牲にして成り立つ矛盾した人間のありようを表現している。

この難しい戦いに臨んだ他のチームに皆さんに「ありがとう!」と言えるだろうか?

 

このように考えて来ると・・・、この世に生きていくことはなかなか「難しい」。人はお互いに相手に迷惑をかけながら生きている。自分の喜びは相手の悲しみでもある。

このことに気づき、自覚し、その矛盾を埋める言葉が「ありがとう!」なのです。

 

「大漁」 (金子みすず)  

朝焼小焼だ
大漁だ
大羽鰮(おおばいわし)の大漁だ。

浜は祭りのようだけど
海のなかでは
何萬の
鰮のとむらい
するだろう。

 

私と小鳥と鈴と

 

私が両手をひろげても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥は私のように 地面を速く走れない

 

私が体をゆすっても きれいな音はでないけど あの鳴る鈴は私のように たくさんな歌は知らないよ

 

鈴と小鳥と それから私

みんなちがって みんないい

 

人は食べなければ生きていくことはできない。その食べ物は・・・、やはり生き物である。

人が食べれば食べるほど、食べられる生き物にとっては「とむらい」が増えるだろう。

人の食べる喜びは、鰮(いわし)にとっての悲しみである。

「いただきます」は命をいただくという意味である。

自分が食べた物(生き物・有機物)に対して、「ありがとう!」と言えるだろうか?

 

ありがとうの反対の言葉は何だろう?

それは・・・「あたりまえ」

 

1日の生活を振り返ってみよう。朝起きて、朝ご飯を食べて、学校へ行って勉強し、友だちを遊んで、ドッジボールをやって・・・、家族といっしょにテレビを見て、夕飯を食べて・・・、ぐっすり眠る。

こういう何気ない1日の生活の流れを・・・「あたりまえ」と思うのか? それとも「ありがたい(有り難い)」と思うのか? 

 

よく考えてみよう。自分の幸せな生活は、誰かに迷惑をかけているのではないか? 誰かの犠牲の上に成り立っているのではないか? 

朝ご飯は誰が作っているのかな? 自分の家は誰が作ってくれたのかな? ドッジボールができるのは、誰かが準備を整えてくれたからではないか?

 

以前に、どこかの大きな国際競技会で優勝した青年がインタビューに答えて、誇らしげに語っていたのをテレビで見ました。

「優勝できたのは僕に実力があったからです。勝ってあたりまえの結果でした・・・。」

ほんとうにそうだろうか?!

君の「実力」を育てるために誰かが助けてくれたからではないのか?

誰かの犠牲があったからこそ、君は勝利を得たのではないのか? それに気付いてほしい。

自分がここに「有る」ことが「難しい」・・ありがとう!

このことに気づいてほしかった。

 

さて、お話はこれで終わりです。インフィニティとは「無限大」という意味だとお聞きしました。君たちの可能性は無限大・・・、夢は無限大・・・。

私は昨年「還暦」を過ぎて、今年は61歳です。君たちは私以上に可能性を持っている。

自分の夢に向かって勇気を振り絞って挑戦してほしい。

そして、数年後にまた徳間小学校体育館へ来てください。

「こんな夢を実現したよ・・・!」

という報告を待っています。

 

いつまでも・・、頑張れ! インフィニティキッズ!

 

【卒業生の言葉】

ぼくは2年生の時にドッジボールを始めました。きっかけは同じクラスのK君が「ドッジを一緒にやろうよ。」と声をかけてくれた事でした。初めて練習に参加した時は、先輩達のボールが速くて、こわいという気持ちと、速いボールをとってみたいと思う気持ちがありました。見学に行ったその日にフレンドリードッジに入りました。

ドッジボールをやっていなかったらと思うと、K君にはとても感謝しています。そうして1年が過ぎ3年生になるとキャプテンをやりました。僕はその時キャプテンにあこがれていました。その頃は優勝や準優勝になり、とても嬉しかったです。

そうして一年が過ぎ、4年生。愛好会に入り練習内容が厳しくなり、週3回の練習で土日はとっても疲れていました。技術も上達し、5年生になると新6年生と一緒に練習しました。その時はOBの方々やコーチ、監督がボールを投げてくれました。フォーメーション練習はとても苦しかったですが、今思うとその練習で技術が少しは上がった気がします。

6年生になり全員で決めた「徳間インフィニティキッズ」という名前で大会などに参加しました。二つ心に残っている事があります。一つ目は、知事杯で村上ドッジAに勝てなかったことです。1回も勝てずに終わってしまったことがとても悔しいです。

二つ目はオープンドッジボール大会です。予選はぎりぎり上がって、決勝トーナメントはサドンデスで勝ち上がり、決勝。この試合もサドンデスでした。決勝戦が一番緊張しました。1秒、1回のパスがとても長く感じました。結果は優勝。とても嬉しかったです。ドッジをやってきて良かったと思いました。そして、審判員、保護者、監督コーチに感謝したいです。

今までたくさんの思い出があります。その中でも一番の思い出は、フレンドリーの時に初めて優勝した大会です。この大会まではいつも決勝戦で負けてしまい準優勝でした。でも、その大会は予選から調子が良くて、決勝トーナメントも順調に勝ち上がっていきました。そして、決勝戦。いつもここで負けていたので今日も負けないかすごく不安になってしまいました。でも、この大会はすごく調子が良かったので不安もあったけど勝てるんじゃないかという気持ちでした。そして試合が始まりました。この試合は最初少し負けていましたが、3分をこえたぐらいから盛り返してきて、ついに勝てました。すごくうれしかったです。

この大会が終わってからフレンドリーでは優勝できませんでした。後からふり返ってみると、すごくいい思い出になったなあと思いました。

中学でもこんないい思い出が作れたらいいなと思っています。

僕がドッジボールを始めたのは幼稚園の年長でした。兄がドッジボールをやっていておもしろそうだと思い1年生になってフレンドリーに入りました。始めはボールがこわかったけど、だんだん「投げること」「捕ること」が楽しくなり、毎週土曜日が楽しみになりました。大会では練習の成果もあり相手のアタックをキャッチ出来たときはとてもうれしかったです。

4年生になり「徳間ドッジボール愛好会」に入りました。フレンドリーより練習がきつくて、毎日クタクタでした。愛好会の練習には先輩が来てくれて、ボールを投げてくれました。5年生の頃に先輩の速い球が恐くて「ドッジボールをやめたい!」と言ったときがありました。でも、塚田先生や監督コーチのみなさん、お父さん、お母さん、チームのみんなが支えてくれて僕はまたドッジボールに復帰しました。あの時やめなかったおかげで大会でたくさん試合が出来たし、優勝も出来ました。やめなくて本当に良かったです。支えてくれてありがとうございました。

僕は6年間ドッジボールをやっていて、学んだことが三つあります。一つ目は毎日の努力、二つ目は仲間の大切さ、三つ目はチームの絆です。この三つを学んだドッジボールに感謝し、これからの生活に生かしていきたいです。

フェニックスキッズの45年生のみなさん、練習はきついと思いますが頑張ってください。きっと全国大会に行けると心から応援しています。全国大会目指し頑張ってください。

最後にここまで僕を支えてくれた塚田先生はじめ、監督コーチ、チームのみんな、後輩達、お母さん方など、多くの方々、本当にありがとうございました。

ぼくは一年生の時、ドッジボールに入りました。入った理由は兄が入っていて友達を増やすために入りました。ドッジボールはすごく単純で奥深く楽しいスポーツでした。大会では決勝まで順調に進みましたが、決勝戦で村小ドッジとあたり、いつも負けていました。低学年では優勝は1回だけでした。

低学年ドッジが終わり高学年のドッジボールの部に入りました。高学年になると、体力を付けるためにランニングやダッシュやパス、キャッチ練習をしたりしました。4年生の時は5年生と混合でチームを組みました。そして、5年生の時、D1登録し大会にいどみました。アップルランドカップでは8位など、大きな結果は残せませんでした。

6年になり5年生と組み目標は全国大会出場でした。インフィニティ初めての大会で決勝リーグ1回戦敗退など、調子が出ずアップルランドが不安でした。そして、アップルランド大会当日、予選通過。そして、準決勝は千曲ビクトリーとあたり、2セットを取られてしまいました。負けた時から知事杯しかないと思い練習しました。

知事杯は決勝リーグ2回戦、ライバルの村上ドッジに負けてしまいました。最大のライバルに負けて、すごくくやしかったです。

知事杯が終わり、6年生最後の大会、さよなら杯大会では古里を破り3位でした。とてもうれしかったです。

今まで支えてくれた監督コーチ、5年生、保護者の皆さん、ありがとうございました。

僕がドッジボールを始めたのは、小学1年生の春からでした。

最初の頃はボールもうまく投げられず、キャッチもうまくできませんでした。けれど、3年生になるころにはボールを遠くまで投げられるようにようになり、キャッチもできるようになってきました。

4年生になり、愛好会に入りました。「キッズジュニア」として活動が始まり、練習も今までの週1回土曜だけでなく、火・木・土の週3回に増えました。練習メニューも大きく変わり、最初のうちはついていくのが精一杯でした。

5年生になり、「ギャラクシーキッズ」としての活動が始まりました。練習は厳しく、つらいこともたくさんあったけど、今頑張ることが後につながると思い頑張りました。

6年生になり、いよいよ自分達の一番上になりました。みんなで決めたチーム名「インフィニティキッズ」としての活動が始まりました。全国大会出場を目指してみんなで頑張りました。7月のアップルランド大会では3位という成績で、夏の全国大会へは行かれませんでした。1月の知事杯は、僕はケガをしていて試合に出られず、とても悔しかったです。インフィニティキッズとして出場する最後のさよならドッジ大会では古里との3位決定戦に勝ち、3位になれました。最後の大会でメダルを取れて、うれしかったです。

ドッジボールを通して学んだことを生かして中学へ行っても頑張りたいです。6年間ありがとうございました。

僕はフレンドリードッジの会員募集のチラシを見て2年生の時に入りました。入ったばかりの時はしっかりとボールを捕ったり投げたりすることが出来ず、ドッジボールを楽しむことが出来ませんでした。しかし、友達と試合をしていく中でボールを捕ったり投げたりすることが出来るようになり、ドッジボールが楽しくなっていきました。

そして、4年生になって愛好会に入りました。フレンドリーとは違い、練習が厳しくなり、つらいこともたくさんあったけれど続けてこれました。

6年生になり、インフィニティキッズの目標は全国大会出場になりました。最初のチャンスのアップルランドカップは準決勝で千曲ビクトリーと試合をして、セットカウント1対2で負けてしまい、3位で終わってしまいました。最後のチャンスの知事杯はトーナメント1回戦目の若槻トップガンに11対8で勝って、2回戦目の村上ドッジAにセットカウント0対2で負けてしまったことがとてもくやしかったです。でも、最後の大会のさよなら杯は今まで来れなかったI君も来て、みんなで3位を勝ち取ることができました。これは今まで指導してくださった先生をはじめ監督やコーチ、いっしょに戦ってくれた5年生、応援してくださった保護者の方、キッズジュニアのみんなのおかげです。ありがとうございました。

僕は2年生の時に徳間小学校に引っ越して来ました。前の学校では「水泳、サッカー」をやっていたけど、あまり長くは続きませんでした。でも、徳間ドッジボール愛好会は多くの仲間や友達、先輩、コーチがやさしく支えてくれるので、ずっと続けてこれました。他にもまだまだ多くの人に助けてもらえていたので、ここまでこれました。3年間ありがとうございました。

その中で一番心に残っているのは練習です。6年生になり、前からあこがれていたアタッカーになれたので、うれしかったです。でも、だんだん他のアタッカーの人との差が開いてきました。そして、僕がぜんぜんうまくコントロールできない時、監督、コーチは何度も教えてくれて、感謝しています。注意された所、まだできていない所がいまだに多くあります。そこもできれば直したいと思います。

二番目は、数々あったいろいろな大会です。まず、大会に出場したり場所取りなどはお母さん方のおかげです。ありがとうございました。大会ではあまり優勝はできなかったけど、試合は強い相手はこわい所もあるけど、その相手に勝ったらすごいうれしいと思うことが多くありました。その反対に負けるとすごく悔しいです。大会で3位以内に入った時、先輩、コーチ、監督、みんなですごく喜んでくれたし、ほめてくれてうれしかったことを覚えています。インフィニティで優勝が少ないので、フェニックスキッズはがんばってほしいと思っています。

三番目は、みんなで「ぶらっと」などへ行ってことです。6年生と行ったり、みんなで食事をしたり、楽しかったです。よく大会が終わった後に多く行きました。大会で勝っていく方が正直、負けた時よりも楽しい思い出に残ると思います。みんなとマンガを読んだり、そばやフライドポテトなどを食べたりして、楽しかったです。

これらの三つの思い出ができてよかったです。みなさん、3年間仲良く接してくださり、ありがとうございます。

 ぼくは小学三年生の9月頃にK君から勧められ、ドッジボールを始めました。初めてのドッジボールの練習は楽しくて、「ドッジボールへ入りたいな。」と思っていましたが、ぼくはダンスと剣道をやっていて、「全部できるかな?」と思いました。だから、なかなか決められませんでした。母が「入りたければ、入っていいよ。」と言ってくれました。その時がすごく嬉しかったです。3年のときの大会はたくさん勝てて、良かったです。

 4年生からはドッジボール愛好会に入り、初めて高学年との練習をやったときは難しくて、ランニングでは息が切れてもう走れないくらいになってダッシュだったので、言葉でも言いきれないくらい疲れました。でも、今ではもっと速く走ろうという意識で走っています。

 5年生になって大会が多くなりましたが、結果は追いて来ないのが不思議で仕方がありませんでした。やはり、練習が違うのかなと思って6年生が卒業してしまいました。

 6年生になって、ぼくたちが引っ張るときになりました。パス練習よりキャッチ練習が中心となった練習が多くなりました。そして、大会にも上位に入って来て、親に試合を楽しんでもらえるようになりました。オープンドッジボール大会での決勝戦は予選リーグの試合とは別のチームみたいな試合を作れて、最後のはさみでアタックが決まって良かったです。

 さよなら杯での3位決定戦は、負けていたときに盛り返して最後のアタックもキャッチも最高の状態で終われて良かったです。これで愛好会は卒業しますが、ドッジボールをやっていた楽しさは忘れません。OBとしてドッジボールに来たときは、よろしくお願いします。

 ぼくは、2年生からドッジボールを始めました。ぼくは始めたばかりの時は、あまりドッジボールが好きではありませんでした。だけどみんなといっしょに一から練習をして大会に出て、ドッジボールって楽しいなと思いました。

 フレンドリーキッズの時は、キャッチのしかたや投げ方などを練習して試合をしたりしていました。高学年になり、ぼくはドッジボール愛好会に入りました。愛好会はフレンドリーとはちがい、本格的なドッジボール生活が始まりました。練習時間は週に3回で、平日2時間、土曜日は3時間という長い時間を週の半分もやるので、とてもつかれました。

 そして、愛好会では4年の時はキッズジュニア、5年の時はギャラクシーキッズとしてがんばりました。ただ、その時はいつも上級生の人とチームを組んで練習したり大会に出たりしていました。

 ぼくは6年生になり、インフィニティキッズの一員として活動をすることになりました。インフィニティキッズになると4年生、5年生の時とはちがい、自分たちが一番上なので『がんばらないといけない』と思いました。しかし、体調が悪くなり行けなくなってしまいました。休んでいる時は、ずっとドッジボールに行きたいと思っていましたが、かなったのは最後の大会でした。最後の大会に出れて本当に良かったと思いました。

 5年間ドッジボールを続けてきて、仲間の大切さやいろいろなことを学びました。監督、コーチ、先生、5年間ありがとうございました。

 

今年も80名の参加で恒例の6送会を開催。

開会を待つ45年生たち。

リコーダー演奏で6年生が入場。

おめでとう!中学でもがんばれ!の声が飛びました。。

カンパぁ〜イ!!

恒例となったくす玉割り。

手作りの賞状「すばやいパス賞」が贈られました。

努力・仲間・絆の三つを学びました。

8年後に居酒屋で飲もう!

掛け持ちでがんばりました。

マジシャン「M」の今回のネタは?

4年生の花笠音頭。

5年はリコーダー演奏。

おやじキッズの熱演?!

ママさんキッズは「あたりまえ体操」

お母さん方から素敵なプレゼントが・・・。

「インフィニティキッズ物語」の上映。

宮嶋監督がパソコンを駆使して作製しました。

今年も金星太郎の歌が・・。

ユニフォーム返還式。

卒業記念品はのぼり旗でした。

インフィニティキッズの雄姿。

島田コーチの音頭で「円陣」

おぉー、123、だぁ〜!

小林コーチの音頭で万歳!!

アーチの中を退場。

 

 

 OB懇親会で交流 

 

20日(水祝)、愛好会恒例のOB会が開催され、18名が夜の交流会を行いました。皆様、お忙しい所をご参加いただき、ありがとうございました。

 

Mさん、転勤先でも頑張ってください。

Hさんの音頭で乾杯!!

卒業生の親として・・。

バーニングキッズ監督コーチ。

新年度の監督コーチ「がんばります!」

徳間OB伝統の宴会芸「????節」