No、801 25、3、25
愛好会通信
徳間ドッジボールスポーツ少年団
チアフルキッズが卒業
23日(日)、稲田徳間地区センターで6年生を送る会(卒団式)を行い、参加者60名でチアフルキッズの8名の卒業を祝いました。この会を準備し、運営してくださった保護者の皆様に感謝申し上げます。
1、 卒団生入場 2、 開会の言葉 3、 代表挨拶 4、 顧問挨拶
5、 監督から卒団証書授与 6、 乾杯 7、 くす玉でお祝い 8、 四・五年出し物
9、 おやじキッズから激励 10、 六年生の作文発表 11、 「チアフルキッズ物語」上映
12、 ママさんからお手紙 13、記念品贈呈 14、 新チーム紹介 15、 ユニフォーム返還式
16、 記念写真撮影 17、 万歳三唱 18、 閉会の言葉 19、 六年生退場
【島田代表の贈る言葉】
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見え隠れする春の兆しに心躍る今日この頃、三寒四温の言葉通り寒さと温かさが入り混じる毎日となりました 徳間チアフルキッズの六年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます 春は惜別の時、また旅立ちの時 今年度は八名の卒業生を送ることとなりました チアフルキッズは徳間ドッジボール愛好会の26代目のチームです 先代のブライトキッズより思いを託され、今日この日を迎えるまでに色々な苦難・苦労がありましたね 「一人一人が明るく陽気に、チームが盛り上がるように」と願いが込められたチーム名通りに、練習や大会では大きな声で・笑顔でドッジボールに向き合っていました 楽しい事・辛い事を感じる日々であったと思いますが、「最後までやり遂げた!」このことに心から激励の言葉を贈ります おめでとう! 「全国大会出場」の目標を達成するべく、チームで切磋琢磨し、練習を乗り越えてきました 厳しい練習・悔しい敗戦・そして歓喜の勝利・・・様々な経験を共にし、君たちは心身ともに大きく成長しました これから皆さんは中学校へと人生のステージが上がります 困難な壁にぶち当った時、辛く、苦しい時は逃げてもいいんです 逃げることは生きている物の本能です ですが、逃げた後が大事です 「百折不撓(ひゃくせつふとう)」 「百折」とは何度も挫折する事 「不撓」とはくじけない事 何度も困難にめげず、くじけず、挑戦することを意味します 雨が降ってもいつか晴れます 暗い夜があっても、必ず朝はやってきます 困難な時、あきらめずに挑戦し続ければ、必ず越えられます そんなふうに思えるよう皆さんには強く・粘り強くあってほしいと思います いつも笑顔を絶やさず、新たな一歩が幸せに満ち溢れるものになりますようにお祈り申し上げます 保護者の皆様、長きに渡り、選手たち・チームを支えていただき、ありがとうございました 最後になりますが、本日は心のこもった盛大な会を企画・準備してくださった在団生・保護者の皆様に感謝申し上げて、代表のあいさつに替えさせていただきます。 ありがとうございました。 |
【塚田顧問の言葉〜辛く苦しい時も笑顔で〜】
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チアフルキッズの6年生の皆さん、卒業おめでとう! そして、保護者の皆様、お子さんのドッジボール生活からのご卒業に際しまして、心より祝福の言葉をお贈りいたします。おめでとうございます! 「チアフルキッズ」は創立以来26代目のチームです。徳間ドッジボール愛好会は「徳間ドッジボールスポーツ少年団」に組織変更して12年を終了したわけですが、保護者の皆様には、これまで愛好会およびスポーツ少年団の活動を支え、ご支援ご協力をいただき、本当にありがとうございました。厚く感謝申し上げます。 さて、チアフルキッズはドッジボールとの関わりの長さは一人一人異なりますが、今こうして8人が卒業します。 ここで、6年生ひとりひとりの出席数とアタック数・キャッチ数を発表します。→数字で見る成長の姿。
チアフルキッズの戦いで印象に残るのは「きときと杯」での対古里戦、そして「さよなら大会」での対若槻戦です。 一戦一戦を大きな声で盛り上げ、笑顔で元気な君たちの姿は見る者を感動させ、勇気を与えてくれました。 君たちのこれからの人生も同じように周りの人々に勇気と感動をもたらす生き方を貫いてもらいたいと思います。 「チアフル(笑顔で陽気な)」人生を!! 最後になりましたが、このような心のこもった「6年生を送る会」を企画、ご準備いただいた在校生の保護者の皆様に感謝とお礼を申し上げて、私のあいさつに替えたいと思います。ありがとうございました。 |
【六年生の作文】
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「楽しかったドッジボール生活」 ぼくは1年生の頃からドッジボールを始めました。その理由はドッジボールをやっていた2人の兄がいて、小さい頃から体育館に来ていました。その時にドッジボールを見て、「楽しそうだな、おもしろそうだな」と思ったからです。 1年生になった時に父と母に「ドッジボールをやってみない?」と聞かれて、そのことがきっかけでドッジボールを始めました。 フレンドリードッジに入って初めはルールやボールの投げ方やキャッチのしかたが分からなかったけど、塚田先生や指導者のみなさん、チームメイトがやさしくていねいに教えてくれて、キャッチができるようになりました。 3年生では大会に出場するようになりました。 4年生になるとキッズジュニアになりオープン大会で初めて優勝し、とてもうれしかったです。 愛好会の練習はすごくきつく苦しくて練習に行きたくない時もありました。でもチームメイトのおかげでいっしょにがんばれました。 5年生になってキャッチ数も多くなり、できなかったこともできるようになりました。 6年生ではキャプテンをやりました。チームをまとめるのは難しくて大変でした。でも、みんなに支えられてキャプテンをつとめることができました。 デリシア大会ではVポイントで負けてしまい全国大会へ行けませんでした。春の全国大会を目標に練習をがんばりました。協会長杯では初めてベスト4に入りました。 知事杯では予選敗退となり、全国大会には行けませんでした。チアフルのドッジボールができずに終わってしまいました。 さよなら大会ではチアフルらしいドッジボールができてよかったと思います。 塚田先生、島田代表、青松監督、コーチの皆さん、マネージャー、ほごしゃのみなさん、今まで支えてくださり、本当にありがとうございました。 |
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「成長させてくれたドッジボール」 私は、2年生の時に友達にさそわれて徳間ドッジボールに入りました。最初はボールがこわかったです。でも、練習に行きボールになれてキャッチがどんどんとできるようになりました。 キャッチができるようになり、とにかくドッジボールが楽しくてたまりませんでした。 4年生になると愛好会に入り、ますますドッジボールに向き合う生活が始まりました。週3回の練習はとてもつらかったけど、ドッジボールが好きでのりこえられました。 しかし、5年生になり愛好会のフォーメーションにも入ることになってからレベルのちがいにおどろき、練習に行かなった時期もありました。その時、お父さんとお母さんに「そんな気持ちだったらやめろ。」といわれました。そういわれやめようと思いました。でも、やめたくてもやめられませんでした。 お父さんに「1回いってみろ。」といわれて練習に少しずつ参加できるようになりました。そしたらボールがこわかったけど自分でやろうという気持ちが強かったので、続けることができました。 6年生になると副キャプテンになり、チームをまとめ、たくさんの声を出さなきゃいけなくなりました。声を出すことが苦手だったけどチームが勝つために少しずつ大きな声を出すことができました。声を出すことでチームが盛り上がり一体感が生まれました。 さよなら大会では全力で試合にのぞめました。結果、予選はだめだったけどトーナメントではとてもいい試合ができました。 ドッジボールを通して私は苦手なことにもチャレンジすることを学びました。今まで私たちが強くなるために指導してくださった塚田先生をはじめ指導者の方々、本当にありがとうございました。 また、全力でサポートしてくれたお父さんお母さん、保護者の方々、ありがとうございました。 最後にいっしょにプレーしてくれた仲間のみんな、ありがとうございました。 |
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「6年間の思い出」 僕は1年生の時に樹君のお父さん、お母さんに誘ってもらい徳間ドッジボールに入団しました。1年生の時はボールが怖かったけど、2年生や3年生の人のキャッチの姿勢や投球フォームを見習い、3年生の時には外野で活躍できるようになりました。 もう一つ学年が上がり愛好会に入って、夢の全国大会の県大会に向けて練習を沢山しました。そして、夏の県代表を決める大会で前日に(4年で)1人だけが出れるくじ引きで見事に当って20番のユニフォームを着けて大会に出ることができました。でも、結果は予選3位で予選敗退でした。 それから2年近くたち、次は自分達の代になってブライトの6年生がいなくなってドキドキしながら試合にのぞみました。結果はあまり出し切れずに終わってしまったので、次の大会から頑張ろうと思い、必死で練習に励みました。 そして、迎えたデリシア大会、写真撮影をして本戦をしました。順調に勝って予選は1位上がりでした。 決勝トーナメントは東御スピリッツとやって「8対8」同点のVポイントで当てられてしまって1回戦敗退、とても悔しかったです。 それから7ヶ月が経ち、春の全国大会の県予選が行われましたが、全敗して予選4位に終わってしまいました。とても悔しい結果でした。 さよなら大会では「絶対、優勝しよう!」と決めて試合にのぞみました。その結果は予選2位で、決勝トーナメントは若槻TOPGUNとやる事になり、『勝てるかな?』と少し不安だったけど、チームメイトや指導者、保護者が応援してくれているから頑張ろうと思って試合をして「6対5」で勝ちました。とてもうれしかったです。 ライバルの東御スピリッツには負けてしまったけど、とても良い思い出の大会になりました。新6年生たちは全国大会出場を目指して頑張ってください。 |
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「楽しかったドッジボール」 ぼくは1年生の時に地域のドッジボール大会に出ました。そこでドッジボールが好きになって、2年生で徳間ドッジボールに入りました。最初はルールなど何もわかんなかったけど、塚田先生やかんとくコーチがわかりやすく教えてくれて、わかるようになりました。 次に3年生の時、愛好会の練習に行きました。練習ではきつくてついていけなかったり、ボールが速くて、愛好会の人はすごいなあ、と思いました。 次に4年生の時、愛好会に入りました。最初は体操がわかんなかったり、ランニングについていけなかったり、6年生のボールも全然キャッチできませんでした。でもどんどん練習していくと練習についていけるようになったし、6年生の球もとれるようになりました。 次に5年生の時、デリシアやいろいろな大事な大会がありました。ぼくは大会で優勝するために練習をがんばりました。けど大会では優勝ができずくやしかったです。骨折などのけがで出れない大会がありくやしくて、次は絶対にけがをしたくないなと思いました。 最後に6年生の時、副キャプテンになりました。けれどチームをうまくまとめられなかったです。けど、ちょっとずつまとめられるようになりました。 ポジションはまん中でした。最初はライン管理ができず、かんとくやコーチに教えてもらいわかるようになりました。 そして、デリシアや知事杯で全国に行けなくてすごくくやしかったです。 今までいろんなことを教えてくれたかんとくコーチ、島田代表、塚田先生、ありがとうございました。 ほごしゃのみなさん、ぼくたちのことをおうえんしてくれたり、はげましてくれてありがとうございました。 |
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「楽しかったみんなとのドッジボール生活」 私は6年間ドッジボールを続けていました。1年生の冬に徳間ドッジボールに入会し、この6年生まで続けてきました。 1年生のとき、はじめて入会しフレンドリーキッズで毎回練習をしていました。はじめたばっかりでルールも分からず、ラインに入らないでにげ回っていました。けど、そのにげ回ることも楽しかったです。 2,3年生は本格的にルールを教えてもらい、ディフェンスラインに入り、キャッチをしっかりと練習しました。顔面に当てられたり、全くキャッチが出来なかった時もあったけど、声を出してタイミングをそろえればしっかりとキャッチが出来ました。 4,5年生には、愛好会に入り、とてもきつい練習がはじまって、大きな大会に出て優勝したりしたこともありました。でも、試合には出れずととも悲しい思いになった時もありました。 そして、6年生になり、最上級生になりました。最上級生は下級生の手本になりいつもみんなを引っぱっていく、支えていく立場になりました。 そして、私は外野になり、かんとくや代表、コーチの人たちにいろいろなことをいわれ、やっぱりダメなのかな〜とたまに思ったりしました。けれど内野アタッカーにいいパスを出し、自分からもちゃんと当てにいくこうげきをコントロールするのはとてもむずかしくて、大変でした。でも外野はととも楽しくて、こうげきがうまくつながって、当てられた時はとてもうれしかったです。最後の1年間、外野をやれてよかったです。 塚田先生、島田代表、かんとく、コーチ、チームのみんなのおかげで今までドッジボールをつづけられたと思っています。本当にありがとうございました。 |
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「楽しかったドッジボール」 ぼくは1年生の時、友達と一緒にドッジボールを始めました。その頃はルールもわからず、ボールが怖くて逃げていました。 2年生、塚田先生に教えてもらっていたルールが少しずつわかるいようになり、試合が楽しくなりました。 3年生、フレンドリーの中心としてドッジボールをするようになり、キャッチもできるようになって、うれしかったです。 4年生、5年生の時は練習が大変でなかなか練習にいけなかったことがありました。それでもコーチ、かんとくに支えられてドッジボールを続けました。ドッジボールをやめなくてよかったと思っています。 6年生、試合にたくさん出た。なかでもきときと杯はチーム数が多い中、ベスト8に入り、続けて協会長杯でもいい試合ができて、うれしかったです。 しかし、ドッジやろうぜ!杯ではトーナメント1回戦負け、知事杯も予選全敗となり、いい試合ができなくてとても悔しかったです。でもその悔しさをバネにしていどんだ「さよなら大会」では強いチームに勝ち、うれしかったです。最後の「最強伝説杯」もいい試合を多くできたので、いい終わり方ができたと思いました。 皆さん、6年間ありがとうございました。これからもドッジボールで学んだことを活かしてがんばります。 |
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「快翔」 僕がドッジボールに出会ったのは、まだ保育園の頃。姉が鍋屋田小学校の育成会チームに入っていたからです。なので、僕も1年生になり当たり前のように入りました。その頃の僕は、今の姿からは想像できないと思いますが、ふざけてばかりで練習に行く度に周りの人々に怒られ、両親からは「やりたくないなら、やらなくていいよ」と週末の度に言われていましたが、当時の僕は何でそんなにも怒られているのか全くわかりませんでした。 そんな僕を本気にさせたきっかけは、遡ること2年前。体育館の工事で練習場所がなかった鍋屋田のチームに声を掛けてくださった塚田先生のおかげです。そこでユナイトキッズの練習を見て、僕のやってきたドッジボールと全然違い、本当にドッジボールなのかと疑ったと同時に自分もこんな風になりたいと思いました。徳間ドッジに入りたいと言った時は両親には少し反対されたけど、自分の意志でやりたいと思ったものは徳間のドッジボールが初めてだと、両親は応援してくれました。 初めは練習が大変で全然ついていけず、正直苦しかったけれど、絶対に全員に勝つぞと思い、頑張りました。 6年生になってアタッカーを任され、あの時辛い練習を耐えて良かったと思う一方で、低学年の頃からふざけずに真剣に取り組んでいたらもっと凄い選手に成れたかもしれないと思い、後悔もありました。 でも、そんな期間があったからふざけてしまう人の気持ちも分かるし、今では迷惑だったのだと思い、反省をしているからこそ、練習時間を無駄にしないよう意識し、与えられた時間の中で努力できたと思います。 僕が4年生の時から今まで続けて来れたのは、家族やチームメイト、スタッフの皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。特にお母さん、産んでくれてありがとう。 最後に「翔」という字は、羊に羽と書きます。羊は白くてふわふわで、なんでも吸収できます。羊のように優しさを持ち、世界へと羽ばたける人間になりたいと思います。 また羽を休めに徳間へ遊びに行きます。今後の僕に乞うご期待! ご清聴ありがとうございました。 |
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僕は6年生の始めに愛好会に入りました。6年生の間は本当に楽しくドッジボールができて良かったです。 愛好会に入った時はみんなとなじめるか心配だったけど、みんな仲良くしてくれてうれしかった。僕のことを基礎から教えてくれたかんとくやコーチ、マネージャーには感謝しています。 僕がドッジボールに入る前は5mも投げれないぐらい投げる力がなかったです。だけど5年生からフレンドリードッジに入って1年間やっていたら投げる力もできたし、キャッチ力も上がったけど、もっと強くなりたいと思って愛好会に入りました。 最初の練習は思ったより大変でキツかったけど、練習に参加すればするほど体が慣れて練習が楽しく感じるようになりました。そして、1年間練習して僕はここまで強くなれました。そして僕は今の6年生よりもいつか強くなりたいと思っています。中学生のドッジボールに参加してみんなと一緒にもっと強くなりたい、そのために今まで以上に練習して努力して、今よりもっと強くなって全国大会へ行きます。 |
OB会で交流
23日(日)夜、稲田徳間地区センターでOB会を行いました。現役指導者、審判員、保護者有志を含め28名に参加していただき、懇親しました。徳間ドッジ設立30周年に向けて、副会長を選出し準備を進めて参ります。
お忙しい中をお集まりいただき、感謝申し上げます。