No、835 26、3、17
愛好会通信
徳間ドッジボールスポーツ少年団
ディライトキッズが卒業
15日(日)、稲田徳間地区センターで6年生を送る会(卒団式)を行い、参加者65名でディライトキッズの7名の卒業を祝いました。この会を準備し、運営してくださった保護者の皆様に感謝申し上げます。
1、 卒団生入場 2、 開会の言葉 3、 代表挨拶 4、 顧問挨拶
5、 乾杯 6、 監督から卒団証書授与 7、 くす玉でお祝い 8、 四・五年出し物
9、 おやじキッズから激励 10、 六年生の作文発表 11、 「ディライトキッズ物語」上映
12、 ママさんからお手紙 13、記念品贈呈 14、 新チーム紹介 15、 ユニフォーム返還式
16、 記念写真撮影 17、 万歳三唱 18、 閉会の言葉 19、 六年生退場
【島田代表の贈る言葉】
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皆様、本日はお忙しい中、徳間ディライトキッズの卒団式にお集まりいただき、誠にありがとうございます。代表の島田です。 今日この日を迎えるにあたり、胸の奥にこみ上げてくるものがあります。それは卒団生7名が歩んできた日々の重さ、積み重ねてきた努力、仲間とともに過ごしたかけがえのない時間が一瞬で思い返されるからです。 卒団生の皆さん、卒団、本当におめでとう。 体育館に皆さんの笑い声が響き渡り、走る足音が鳴り響き、時には悔し涙が落ちた瞬間もありました。 そのすべてが今日のこの“卒団”という節目をつくっています。 春の全国予選・知事杯でのベスト4。さよなら大会での決勝進出、準優勝。 その結果の裏側には、誰にも見られていない場所での努力がありました。 なかなかキャッチが決まらず悩んだ日。 思うように投げられず、自分を責めた日。なかまの失敗をかばい、励まし合った日。 そうした小さな一つ一つの積み重ねこそが皆さんを強くし、チーム全員で掴んだあの大舞台へとつなげてくれました。 保護者の皆様。毎日の送迎、お弁当の準備、練習帰りの子どもたちの疲れた表情に寄り添い、「大丈夫だよ」「頑張ったね」と、そっと背中を押してくださったことと思います。 試合でうまくいかず涙した日には、一緒に悔しがり、勝った日は誰よりも嬉しそうに拍手してくださった。 その姿を子どもたちはしっかり見ています。心より感謝申し上げます。 指導者の皆様におかれましても一人一人の個性に向き合い、大切にのばしていただきました。技術だけでなく挨拶の大切さ、仲間を思いやる心、そして、“最後までやり抜く姿勢”を教えてくださいました。 子どもたちの心の土台を作ってくださったこと、改めて深くお礼申し上げます。 そして、卒団生の皆さん。皆さんがこのチームで学んだことは、けして消えることのない“力”です。 逃げずに向き合ったこと。仲間を信じたこと。自分の弱さと戦い、乗り越えたこと。そのすべてがこれから先、何度も何度も皆さんの背中を押してくれます。 人生には楽しいことばかりではありません。悩むとき、立ち止まるときもあるでしょう。そんな時は、今日ここで胸を張って卒団する自分を思い出してください。皆さんは必ず前へ進めます。 そして最後に、卒団生の皆さん。 来年度からチーム名が変わり、新しい歴史が始まります。それは不安ではなく“希望”です。先輩たちが残してくれた背中は、とても大きく温かく強いものです。 その姿勢を心に刻みつけ新しいチームを自分たちの力で創り上げてください。 未来の徳間の子どもたちが憧れるような、そんなチームを作っていけると信じています。 チームを支えてくださったすべての皆様に改めて感謝申し上げます。 そして卒団生の皆さん。胸を張って羽ばたいてください。 皆さんの未来があのコートよりもずっと広く、ずっと明るいことを心から願っています。 卒団、おめでとう。 |
【塚田顧問の言葉〜自分が喜び、人を喜ばせる〜】
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ディライトキッズの6年生の皆さん、卒業おめでとう! そして、保護者の皆様、お子さんのドッジボール生活からのご卒業に際しまして、心より祝福の言葉をお贈りいたします。おめでとうございます! 「ディライトキッズ」は創立以来27代目のチームです。徳間ドッジボール愛好会は「徳間ドッジボールスポーツ少年団」に組織変更して13年を終了したわけですが、保護者の皆様には、これまで愛好会およびスポーツ少年団の活動を支え、ご支援ご協力をいただき、本当にありがとうございました。厚く感謝申し上げます。 さて、ディライトキッズはドッジボールとの関わりの長さは一人一人異なりますが、今こうして7人が卒業します。ここで、6年生ひとりひとりの出席数とアタック数・キャッチ数を発表します。→数字で見る成長の姿。 なお、今井Mにはキャッチ数・アタック数を詳細に記録していただき、感謝申し上げます。
ディライトキッズの戦いで印象に残るのは、春の全国大会の県予選「知事杯」での快進撃です。 そして、さよなら大会での準優勝! 一戦一戦を大きな声で盛り上げ、笑顔で歓喜する君たちの姿は見る者を楽しませ、感動させ、勇気を与えてくれました。 自分が喜び、人を喜ばせる・・・君たちのこれからの人生も同じように周りの人々に勇気と感動をもたらす生き方を貫いてもらいたいと思います。 「ディライト(笑顔と歓喜の)」人生を!! 最後になりましたが、このような心のこもった「6年生を送る会」を企画、ご準備いただいた在校生の保護者の皆様に感謝とお礼を申し上げて、私のあいさつに替えたいと思います。ありがとうございました。 |
【藤森コーチからの激励】
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おやじキッズ代表しまして、激励藤森です。 ディライト6年生、卒団おめでとう。6年生、保護者の方々、おめでとうございますそして中学入学おめでとうございます。 今年は辞めちゃうんじゃないか候補がいませんでした。
B君 1年間、キャプテンお疲れ様。 これだけキャプテンを意識して、チームをまとめてくれたこと、ほんとに感謝です。 ドッジに対しての集中力が、チームの勝ちに繋がりました。 チームとは1人じゃ何もできない、中学へ行ってもそのまとめ上げる力で何事にもチャレンジしてください。
Y君 ポーカーフェースなんだけど、とても繊細な心の持ち主、小さな巨人。 悩んだり、苦しんだりすることもあったでしょう でもY君がいたから、ディライトが成長できました。ありがとう。K家の全国への悲願は、弟R君が受け継いでくれるはずです。
Hさん パワフルHちゃん。ケガに苦しんだ時期もあったね。 だけどそこから一段も二段も成長できたはずです Hさんには、よく、さいていーと怒られました。その言葉が聞きたくて、からかってしまいました、ごめんなさい。 Hさんの笑った顔、サイコーにかわいいです。変な男につかまらないでくだい!
Iさん パワフル、イッチー。 ドッジを始めるのは少し遅かったけど、まさかここまで成長できるとは。 それもひとえに家族の助けがあったからだと思います。ちゃんと感謝してください! 時々、私はIさんにからまれました。いじわるそうな目をしてからまれました。楽しかったです。
Aさん しっかり者のAさん。 あまり、自分を見せたりがなく、何か落ち着きがあるお姉さんを感じさせる仕草に、いつも感心しておりました。Aさんがいる試合は安心感がありました。 今度は、三刀流以上を目指してください。絶対、できる。
M君 いつもかわいい笑顔を見せてくれた、徳間の守護神。 からかうと、ムキになったり、ニヤッと笑う姿は徳間のマスコット的存在、とてもとても大事な存在です。 これからの長い人生を生きてく上でドッジ、それから一緒に戦った仲間達は間違いなく君の宝物です。 どんな困難にも立ち向かえるはず。
H君 徳間にとって、もったいない存在。 ドッジを始めて、間もないH君。フレンドリーからドッジを始められていたら、と思うと残念な反面、短期間での成長に驚いています。もっともっとドッジを知り、学び、自分の成長へと繋げてもらいたいと思います。 バナナとても美味しかったと言って駆け寄ってくれたH君、ありがとう! ******************* 7人の選手達は徳間愛好会の子らしくたくましく成長してくれました。 そしていつもそばにいて、子供達の支えになってくれたご家族の方々、お疲れ様でした、本当に感謝致します。 中学校では、まずは、勉強! そして家族、友達、周りの人達を大切にしてください、それはきっと君たちに帰ってきます。 苦しいこともあるでしょう、でもドッジで培った根性があれば必ず乗り切れる。
そして、彼氏、彼女ができたらじいちゃんに紹介してください、楽しみにしてます。 私たち、おやじキッズは君達の味方です
そして忘れてはいけないのは常に君達を応援してくれたお父さん、お母さんに感謝してください。 これからもいつも味方になってくれるはずです。
そしてもう一つ、徳間愛好会は塚田顧問がみんなの思いをまとめてくれています。 君達は、徳間のOBとなり、塚田顧問の意思を継いでもらいたいと思います。
最後にディライト6年生、たくさんの思い出と感動をありがとうございました。 |
【六年生の作文】
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テーマ「くじけそうな時もあったけど、楽しかった3年間」 入部した時の気持ちはみんな強そうでこわかった。でもドッジボールへ行けば行くほどルールがわかったり、体の使い方がわかったりできて、うれしかったです。 4年生で愛好会に入った時は大人のボールがこわかったけれど、キッズジュニアで3位をとれたことはうれしかったです。 5年の時にカットを出来てたくさんとれてうれしかったです。5年ぐらいの時からキャプテンになると決めてがんばったことは、どこでも声を出せるようになったり、つらい時もあきらめずにつづけられたりしたことです。 6年の時の気持ちはキャプテンになれて、アタッカーにもなってかつやくできたし、いろんなことにたちむかえるようになれた。だけど、ケガをしてすごいくやしい思いで試合をかんせんするしかなかったです。 ケガがなおってまたアタッカーになれて、まだゆびをかばう時もあったけれど、後半はわごいちにも勝てるようになった。知事杯はベスト4になれるぐらい強くなれた。県内最後のさよなら大会ではせりたにも勝ててうれしかったです。それで準優勝することができました。うれしかったです。 太一への想い。いつもしどうしゃをやってくれたり、そうげいをありがとうございました。 さやかへの想い。そうげいをしてくれたし、はくりょくあるおうえんをしてくれてありがとうございました。 下きゅう生への気持ち。僕がおちついてない時、みんなで止めてくれてありがとうございました。 しどうしゃへの気持ち。いつも僕にいろいろな事をおしえてくれたり、ささえてくれてありがとうございました。 いままでいっしょにやってきたチームのみなさん、僕についてきてくれて、ありがとうございました。 |
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「6年間がんばったドッジボール」 僕はこの6年間、家の次に体育館に(長く)いました。たくさんの思い出があり大好きな場所です。 ドッジボールを初めたのは幼ち園の時です。奏士郎の練習を見に行き、藤森さんと遊んでいました。小学生になり、すぐにフレンドリーキッズに入りました。 初めはキャッチができなくてよけてばかりでしたが、練習してだんだんと上手になっていきました。仲間達と一緒に練習をして少しずつ強くなり、長野リーグセカンドステージ、サードステージでは、2位になることができ、成長できたことがうれしかったです。 4年生になり、愛好会に入りました。練習がきつい時もあったけど、必死についていきました。キッズジュニアでもさよなら大会で3位を取ることができました。奏士郎と一緒にデリシアカップや知事杯に出れたことは思い出になりました。 5年生の時、ひじと肩を痛めて投げれない日々がありました。投げたくてたまらなかったです。 最後の年、6年生では27代目ディライトキッズになりました。みんなで喜び周りを楽しませるという意味があります。夏のデリシアに向けてチーム一丸となって練習をしました。結果はワゴイチに負けてしまいました。あそこでアタックを決めていればと、とても悔しかったです。 その後も色々な大会に出て、勝つことと負けることがありチームの弱点をしり、たくさん練習をしました。 全国に行ける最後の大会知事杯では、予選リーグ全勝! 僕たちは強いと自信をもてました。ワゴイチに勝った時はうれしくて泣きそうになりました。 決勝トーナメントで村上に勝ち、その後は東御の試合。結果は負けてしまいました。負けた時は力がぬけ、涙が止まらなくなりました。 さよなら大会では、おしくも準優勝でしたが、銀メダルは宝物です。青松くみこさんにメダルをかけてもらい、うれしかったです。 僕がここにいられるのも塚田先生、島田代表、青松かんとく、藤森コーチ、藤嵜コーチ、小澤コーチ、指導者のみなさんのおかげです。指導者の言葉を信じ、ここまでやってこられました。感謝しています。本当にありがとうございました。支えてくれた保護者のみなさん、ありがとうございました。 最期に、お父さん、キャッチボールをしてくれてありがとう。お母さん、いつもそばにいてくれてありがとう。 |
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「忘れられないドッジボール生活」 私は三年生の終わりからドッジボールを始めました。お兄ちゃんがドッジボールをやっていたので、私もやってみようと思い始めました。 最初はボールがこわくてにげていましたが、練習を重ねていくうちにボールをこわがらずキャッチをすることができるようになりました。 4年生になり、あいこう会に入ってきびしい練習が始まり、練習の回数も増え、つらいことが多くなったけど、うまくなりたいという気持ちがあり、頑張ろうと思いました。 6年生になってからは、アタッカーもやらせてもらい、キャッチエースの一人としてまかせてもらいました。とちゅう、ひじをケガしてしまい長い間ボールを投げれないじきがありました。その時が一番つらかったです。 ふっきしたあとの徳間の里大会でもらったナイスプレー賞はとてもうれしかったです。そのあたりからこうげきのれんけいや4・5年生のキャッチにねつがはいり、しゅびもこうげきも強化され、試合でもかてるようになってきました。 知事杯でベスト4になり、さよなら大会ではしゅんゆうしょうで、ねんがんのメダルも手にすることができました。 このけっかをだせたのも、しどう者のかたがたとチームのみんなのおかげだと思います。ディライトの一員としてみんなといっしょにたたかえた事はずっと忘れません。本当にありがとうございました。 |
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「ドッジボールを続けた日々」 私がこの徳間ドッジボールクラブに入ったのは、3年生の時、プラザでドッジボールをしていて塚田先生から「ぜひ来てみないか。」とさそわれたのがきっかけです。 初めて体験に行った日はドッジボールはもっと簡単なゲームだと思っていましたが、実際はとってもむずかしくてそう簡単には上手くなれませんでした。 最初は何をしていいかも分からず、ずっと逃げ続けていました。当たるのが怖くてよけてよく顔にあたっていました。顔に当たっては泣いてずっと外に出ていました。 4年生になってもよける「クセ」は変わりませんでした。4年生の頃はベンチにすら入れず、上の応えん席で試合を見ていました。そのとき私は試合に出ている6年生を見て思いました。「私も6年生になったらたくさんキャッチやアタックができる人になりたい!」 5年生になって、試合にも出れるようになりました。5年生の頃にもまだよけてしまう「クセ」がありました。でも、少しずつ投球力が上がってきたり、4年生の時に比べれば少しずつキャッチができるようになってきました。でも、あこがれのあの6年生にはまだ、ほど遠かったです。 6年生になって、今までとはちがい自分ではアタックもできるようになり、キャッチもそこそこできるようになったと思います。完ぺきにはあのあこがれの6年生みたいにはなれなかったけど、少し近づいたと思います。 これまでこんなに成長できたのは、今まで支えてくださったかんとく・コーチ・保護者のみなさまのおかげです。本当にありがとうございました。かんとくやコーチに言われた言葉を中学校でも大切にしていきたいです。 |
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私はドッジボールとダンスを両方やってきました。私はダンスの方をゆうせんしてやってきました。そのため、ドッジボールの練習や大会にあまり出ることができませんでした。それでも、私に徳間の一員として認め、受け入れてくれてありがとうございました。徳間の人たちに会えて本当によかったです。 私はドッジボールをとおしてチームで勝つことの楽しさを知りました。また、ドッジボールは最後の1秒まで勝敗が分からないところがとても楽しかったです。 一番最初のマイボールを決めるジャンプボールという役割を1年間やらさせていただきました。最初はタイミングも分からないし、相手の選手はみんな私よりとても身長が高くて勝つことがなかなかできませんでした。しかし、今では身長差はあってもさよなら大会の決勝戦で1回だけど古牧に勝つことができました。勝つことができたのは、みなさんがコツを教えてくれたおかげです。 小学校の児童センターから始めたドッジボールもあとわずかとなっています。残りのドッジボールを思いっ切り楽しみたいです。 監督・コーチ・塚田先生・審判の方々、そして保護者の皆さん、今まで支えてくれて本当にありがとうございました。私はドッジボールが大好きです。 |
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OB・現役指導者・保護者が懇親会で交流
15日(日)夜、稲田徳間地区センターでOB会を行いました。現役指導者、審判員、保護者有志を含め18名に参加していただき、懇親しました。徳間ドッジ設立30周年に向けて、準備を進めて参ります。
お忙しい中をお集まりいただき、感謝申し上げます。